凡人か非凡人の分かれ目に対する個人的見解

今話題のジャニーズと言えば、ぼくの場合、嵐の大野君が先に頭に思い浮かびます。性被害の話は別としてね。

 

ジャニーズの中でも、大野君は群を抜いて、歌とダンスがうまいです。素人が見ても、「すげぇ」となるくらいに。

 

そのうまいダンスですが、バックダンサー時代、あのジャニーさんから直々に「Youダンスうまいよね」と褒められたことがあるんだとか。これは光栄でしかないです。

でも、自分が躍っているダンスの映像を改めて見てみたら、引くほど下手だったらしいんです。あくまで大野君から見たら、です。「ジャニーさんはなんでこんなダンスを褒めたんだろう」という疑問と、「恥ずかしい..」という羞恥心から、そこからむちゃくちゃダンスを練習するようになったんだとか。そのときの経験が、(今の)ダンスの上手い大野君に繋がったそうです。

 

「疑問」と「羞恥心」をきっかけに自分を追い込み、そして才能を開花させるといのうは、サクセスストーリーとしては申し分ないし、憧れます。ただ、万人がそういうきっかけから「成功」を勝ち取るのは不可能でありまして、だから「凡人」と「非凡人」、いわば「一握りの人材」が生まれるんだろうなと思ったりしてます。

 

ぼくが小学校のときの話。

俳句の名人になれるチャンスが自分にもあったのではないかと、振り返ります。

今でも覚えてます。

何とはなしに作った五七五。確か小4だったと思う。

 

『赤とんぼ 高く飛べてて 楽しいか』

 

平凡なこの句が、なぜか市の俳句コンテストで入選しました。入選ではないので、大したことではないのですが、それでも大勢の児童の中から選ばれたので、価値はあります。

 

ぼくはなんで選ばれたんだろうと思いながらも、「えへへ」と鼻の下を人差し指でこすって、家族に自慢していました。疑問は生まれても、そこに羞恥心というものは芽生えませんでした。それ以降、俳句コンテストで自分が入選されることはありませんでした。

 

きっと、「成功者」「天才」「できる人」「結果を残せる人」と「それ以外の人たち」との違いは、シンプルに「羞恥心から正しい方法で努力をしたかどうか」なんだと思います。自分の経験から言わせてもらうのはおこがましいですが、世の中の真理とまでは言いません、でも、そんなもんなだんと思います。