『怪獣人間の手懐け方』を読んで

久しぶりに箕輪さんの本を購入し読みました。

 

幻冬舎で編集者をやっているだけあって、ぼくのような常人からしたら「ぶっ飛んでる人」と接する機会があり、そういった方々と仕事をどう進めていくについて書かれた本、とも思えますが、個人的には「社会人としての働き方」について書かれている要素が大きいのかなと思ってます。

 

「たかが仕事と割り切って働く」「根回しはあくまで嫉妬を増やさないための保険」「依存先をたくさん持つことこそ自立につながる」など、働く上で「確かになぁ」「本当にそう」とうなずきながら読める箇所がたくさんありました。ビジネス書のように小難しく書かれておらず、シンプルに「これってこうだよね、だからこうするべきだと思うんだよ」と、箕輪さんの物腰柔らかい考え方が淡々とわかりやすく書かれていて、読んでいて楽しかったです。

「行動力の鬼」「人間洞察を極めた人」「変人」の行動記録も所々出てきて、くすっと笑ってしまう部分もありました。

 

この本の中で、「教育」について触れている部分もありました。

自分の核を持てないまま育てる日本の教育。

 

2023年からマスク着用が自由になったのに、最初の頃は「周りが外さないから自分も外さない」という子が多かったですね。最近は「外す人が多くなったから」マスクをしなくなった人も増えてきましたが、結局は「周り」が自分の判断基準になってしまいます。それが「良い」とされてしまいがちなのが、学校であり、日本の国民性だったりしますが。

むしろ、「周りに合わせる」ことに長けているからこそ、他の国とは違ってあらゆる面で「日本の良さ」が群を抜いているともぼくは思います。

 

「順番を守る」「横取りしない」「ごみを捨てない」

 

そういった基本的なことって、国によっては全然できてません。

 

ぼく自身、何か国かに旅行に行ったり、暮らしていましたが、ゴミが当たり前のように道に落ちていたし、悪びれなく捨てる人もいました。

国立公園内にある街に暮らしていたときは、比較的綺麗でした。

リスや鹿、熊のような野生動物と共生する環境だったからか、徹底という名の環境が整っていました。

 

まあ、場所によっては日本も汚かったりします。でも、「比較的きれいな場所が多い」のは事実だと思います。

 

そうそう、父が昔、ある国で管理職という立場で働いていましたが、休憩時間以外の「就業時間中に働かずにタバコを吸う」従業員が当たり前のように多くいたそうです。ぼくらからしたら「あり得ない、働けよ!」ですが、向こうからしたら「??」なんでしょう。

 

「周りがしないから自分もしてはいけない」という考え方は、他国と比べたときの日本を見たとき、それはそれでアリなのかなと思います。

ただ、社会に出てから「自分(核)を持て」と言われますが、今の教育じゃなかなか難しいよなと思います。「自分を持っていない」からブラック企業という概念が生まれるし、言いなり人間も生まれます。

 

極端な人、優れた人など、本当の意味で「いろんな人」を見ながら、そして接していきながら、自分の核を見つけていく、または再確認していける、そういう環境を作っていきたいです。